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名古屋高等裁判所 昭和44年(ネ)604号 判決

第一審原告 定政英雄

右訴訟代理人弁護士 大友要助

同 郷成文

同 伊藤貞利

同 石川康之

第一審被告 日本住宅公団

右代表者総裁 林敬三

右訴訟代理人弁護士 高橋正蔵

同 鵜沢晋

同 辻巻真

同 辻巻淑子

主文

原判決第一審被告敗訴部分のうち昭和四〇年六月一八日以降は金一万二〇四五円であることを確認する旨の部分を次の通り変更する。

第一審被告が第一審原告から賃借中の名古屋市中区矢場町一丁目二番宅地五六一・〇九八平方メートル(一七〇坪)名古屋市復興都市計画中第二工区四九ブロック第一一番地積五八一・二五平方メートル(一七五坪八合三勺)の一か月の負担賃料は、昭和四〇年六月一八日以降昭和四五年一二月一一日迄は金一万〇三二四円、昭和四五年一二月一二日以降は一か月金一万四四三七円であることを確認する。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、昭和四三年(オ)第四四〇号事件の上告費用を除き、第一、二、三審の総費用につきこれを三分しその一を被告、その二を原告のそれぞれ負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は、

原判決中第一審原告敗訴部分を取消す。第一審被告が第一審原告から賃借中の名古屋市中区矢場町一丁目二番宅地一七〇坪名古屋市復興都市計画中第二工区四九ブロック第一一番地積一七五坪八合三勺の一か月の賃料は昭和四〇年六月一八日から昭和四四年一二月末までは一か月金八万一五二七円、昭和四五年一月一日からは一か月金一一万四〇〇〇円であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。第一審被告の控訴を棄却するとの判決を求めた。

第一審被告訴訟代理人は、

原判決主文第一項中「第一審被告が第一審原告から賃借中の名古屋市中区矢場町一丁目二番宅地一七〇坪名古屋市復興都市計画中第二工区四九ブロック第一一番地積一七五坪八合三勺の一か月の負担賃料は昭和四〇年六月一八日以降は一万二〇四五円であることを確認する」との部分を取消す。原告の当審における新請求「右賃料は昭和四五年一月一日以降一一万四〇〇〇円なることを確認する」との請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。第一審原告の控訴を棄却するとの判決を求めた。

(請求原因)≪省略≫

(被告の答弁(一))

一~五、≪省略≫

六、元来、被告が市街地施設の建設に当っては全面的に方針があり、その中で地代については「公団が借地する場合に支払う地代の月額(固定資産税その他の公租公課を含む)は次の算定方式により算出した額を基準にして定める。即ち

借地の固定資産税評価額×7/100×α×1/12

αの数値については「土地提供を受けて施設付住宅を建設する場合の地代の額の算定(昭和三一・一〇・四付三二―一八八二号)による」とされており、此の方針は被告係員から原告に対し説明があり、仮に原告が細い算出方法まで知らなかったとしても一般に比して地料が低いことは十分知って契約したはずである。

そもそも被告は契約当時低い地代であることを十分承知した上施設付賃貸住宅住吉団地―住吉ビル―の建設計画をすすめ地代が低くとも同地上に建設される住吉ビルの収益によって十分これを補えるという計算の上で本件契約をなしたものである。

七、本件地代は地主の投下資本に適正利潤率を乗じたものとの考え方に立脚して設定されたものである。

右の投下資本は更地の適正価格に土地利用比率を生じたものであるから、地主の受ける借地権利金又はこれに代る既済的利益を差引いたものであって本件の場合適正利潤率は一年6/100、土地利用比率は3/10、経済的利益は投下資本の7/10である。

それで本件地代の算式を表示すると次のとおりである。

原告の経済的利益は二階以下の施設部分を三一〇〇万円で譲渡を受け、住宅二〇%の優先賃借権が認められたことであって、その率を投下資本の7/10と見たのである。

しかして本件賃貸借契約が締結された昭和三二年当時は固定資産評価額は時価より低かったので右評価額の四倍を更地適正価格として次の方式を設定した。

Vは固定資産評価額

αは土地利用比率を示したものである。

右算定方式で計算した結果賃借料の月額は二万〇七八七円、この内被告負担分六二三六円、訴外住吉ビル株式会社負担分一万四五五一円となったのであり、昭和三五年度に至り右評価額が上ったため同年四月一日から被告負担分が六四八五円となった。そして昭和三六年七月六日から昭和四〇年六月一七日までは確定判決により被告の主張していた通りの六九四〇円となった。

被告の地代算定方式は地価の高騰は固定資産評価額の増額となって現われるから地価の高騰による地代の増額を十分考慮した方式というべきであり、右算定方式により算定された低廉な地代を承知の上で契約した以上、いかに地価が高騰し固定資産評価額が原告の予想する以上に高騰しなかったとしても右方式を無視して地代増額の請求をなすことは許されないものである。

八、右算定方式は昭和三一年度乃至昭和三五年度のもので、昭和三六年度よりの契約分については更地の適正価額は固定資産評価額の七倍によるが相当であるとし、次の通り改訂されて来た。

九、しかるところ昭和三九年度から固定資産評価額が更地の適正価額に近いものとなったので、従来の如く固定資産評価額に四倍或いは七倍して更地の適正価額を算定する必要がなくなったので昭和三九年度以降の分については固定資産評価額そのものを更地の適正価額として次の改正算式を設定した。

一〇、昭和三九事業年度以降(昭和三九年四月一日以降)借地契約したものについては右のとおり新しい地代算定方式を採用したが既に借地契約が締結されたものの地代改訂については昭和四〇年四月二日に次の方針を決定した。

地主から固定資産評価額が増大したことを理由として改訂の要求があり且つ当該地代算定方式中の「固定資産評価額」に昭和三九年度の固定資産評価額(昭和三九年度のそれが昭和三八年度のそれの一・二倍をこえるときは、昭和三八年度の固定資産評価額の一・二倍)を代入して算出した額の範囲内での改訂を地主が承諾するときは、地代改訂に応じても差支えない旨。

被告公団が旧方式により算定された地代の昭和三九年度以降の増額の方法として固定資産評価額をそのままあてはめず昭和三八年度のそれに一・二倍したものに押えたのは、昭和三九年度の固定資産評価額が更地の適正価額に近いものとなり、従来の如き固定資産課税基準本位を改めたためであり、このため地方税法の改正法の附則に於ても「昭和三九年度分から昭和四一年度分までの固定資産税及び都市計画税に関する特例」を設け、従来の固定資産評価額によることなく昭和三八年度のそれの一・二倍の額を固定資産税算出の基礎としたのであって、被告公団はこの特例にならって旧地代の増額方針を樹立したわけである。

しかして右通達により各支所に於ては市街地住宅敷地の地主と話合い昭和三八年度の固定資産評価額の一・二倍の額の範囲内に於て増額地代を協定し、円満な賃貸借関係を継続しておるものが市街地住宅の大部分であり僅かに原告外二名の者が名古屋支所管内では話合いが成立せず、大阪支所管内では目下本件同様の訴訟が継続している地主十数名との間に協定不成立ではあるが、東京関東及び福岡の各支所に於ては全部右方式による増額協定が成立している。

地方税法附則は「昭和三九年度から昭和四一年度までの固定資産税額は、昭和三八年度の評価額の一・二倍の額を固定資産税算出の基礎」とする特例を設けた。

なお、その後右地方税法附則は一部修正され「昭和四一年度以降固定資産税額は前年度の評価額の一・一倍乃至一・三倍(一律一・二倍でなく評価額の上昇率に応じて一・一倍、一・二倍及び一・三倍と三段階に区分した)の額を固定資産税算出の基礎とする」こととなったが基本的な考方は変っていないのであって、固定資産評価額の急激な上昇という事情変更に伴う応急措置としてこの特例の考方の妥当性が再確認されている。

一一、土地価格は昭和三五、三六年度に亘りて著しい高騰を見せたが昭和三七年度以降は名古屋市内においては一部の例外を除き大体において落つき模様をみせ微騰若しくは横ばい状態にあり本件土地もまたこの部類に属する地域である。

一二、本件賃料は契約当初の昭和三二年度は一か月六二三六円、昭和三三年六月一日より六四八五円に増額され、次で昭和三六年四月一日より六九四〇円に増額されてきたのであるから、急激な増減を避けるべく、昭和四〇年六月一八日以降の賃料についてもこの経緯を無視してはならない。

一三、以上のとおりであるから原告の昭和四〇年六月一八日の賃料増額請求の効力は従来の算定方式そのままでなく、右算式中「土地固定資産評価額」を「昭和三八年度の土地固定資産評価額に一・二倍した額」と代置して算定すべく、これによると一か月の地代公団負担分は八三二八円となる。

蓋し昭和三八年度の本件土地の固定資産評価額は三九六万五六六九円であるからその一・二倍の額は四七五万八八〇二円となりこれに7/100とα(3/10)を乗じ1/12の金額を算出すると右金額となることは計数上明白だからである。

なお、αの3/10は算定のための考方が修正されたので本件では0.273となる。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告が被告と訴外住吉ビル株式会社に対し、本件土地を建物所有の目的で賃貸したこと、右地上に住吉ビルという原告主張の建物があり、これを被告と住吉ビル株式会社が原告主張のように区分所有していること、本件賃貸借当時賃料を月額二万七八七円とし、その内被告の負担分を六二三六円と協定したことは当事者間に争がなく、原告が昭和四〇年六月一八日本件口頭弁論において被告に対し本件賃料を坪当り二二〇〇円に増額する旨の意思表示をなしたことは明らかである。

二、原告は右増額の意思表示をもとに被告の負担すべき本件賃料は昭和四〇年六月一八日から昭和四四年一二月末日までは一か月金八万一五二七円であることの確認を求めているのでその適否について判断する。

(一)  右当初の被告の負担賃料は被告主張のごとき方式で算出されたものであることは≪証拠省略≫により明かであるところ、原告は右賃料は被告のいいなりになって一般的水準よりもはるかに低い賃料で協定したと主張するので先ずこの点について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、被告公団は昭和三一、二年頃からいわゆるげたばき住宅を企図し、土地所有者にその提供を呼びかけていたところ、当時本件土地で旅館を経営していたが経営不振の状態にあった原告は、熱意これに応じ、被告査定を経た末本件土地に商店、事務所の施設付住宅ビルの建設が定まり、被告の費用にて本件地下一階地上五階建の住吉ビルが建設されたこと、そして住吉ビルの三階以上を被告公団の所有とし、三階以上を除く部分いわゆる施設部分を、被告は、原告を代表者として設立された訴外住吉ビル株式会社に代金約三一〇〇万円で譲渡し、その内約一〇〇〇万円を頭金として支払われ、残金は年利七分三厘(複利計算)にて一〇年賦として定められたこと、原告は右三階以上の住宅の二〇パーセントについて優先賃借権が認められたこと、右施設部分の利用により訴外会社は賃借人から約一二〇万円の家賃収入を得る見込みが十分にあったこと、住吉ビルの被告と訴外会社との右のごとき区分所有の状態から被告は本件土地の利用効率を被告3/10、訴外会社7/10とし、又原告の右年賦払と二〇パーセントの賃借権の経済的利益を投下資本の7/10と見たが、右各比率は相当であり、以上の要素により被告主張のごとき賃料算定方式を原告に示したこと、被告の右賃料方式について、原告は、前示のごとき施設利用と優先賃借によって本件土地の経済的効用が図られたので、被告の係員から右方式を説明を受けても地代収入を重視せず右方式を承諾して契約書を取交したこと、

要するに本件土地の賃貸借は、勤労者に低賃料の住宅を提供することを目的とする被告と、被告の建設能力により所有土地を一層有効に利用せんとする原告との双方の利益の相乗関係から出発したものである。

被告は右賃料を定めるに当って地主の投下資本に対する適正利潤率を年六分とみる考え方に立脚し、投下資本の本となる更地の適正価格を固定資産評価額の四倍をもって相当としたことが認められる。

(二)  右賃料は昭和三五年四月一日から六四八五円と協定されたことは弁論の全趣旨により窺われ、又昭和三六年七月六日から昭和四〇年六月一七日までは確定判決により六九四〇円になった。

(三)  本件土地の評価は、

(1)  ≪証拠省略≫によれば、

昭和三六年一〇月現在の価格を一坪四〇万円

(2)  ≪証拠省略≫によれば、

昭和三六年七月現在 一坪 二五万円

昭和三七年七月現在 〃  三二万円

昭和三八年七月現在 〃  四〇万円

(3)  ≪証拠省略≫によれば、

昭和三九年四月現在 一坪 三三万円

(4)  ≪証拠省略≫によれば、

昭和四〇年四月現在 一坪 四一万円

とそれぞれ認められる。

(四)  ≪証拠省略≫によれば、本件土地の固定資産評価額は、

昭和三八年度 三九六万五六六九円

昭和三九年度 二二九四万四〇五六円

であって三九年度は三八年度の数倍に評価せられたことが明らかである。

(五)  固定資産税、都市計画税は、

昭和三八年度  六万三四四〇円

〃 三九年度  七万六一三〇円

〃 四〇年度  〃

〃 四一年度  九万五一六〇円

〃 四二年度 一二万〇二八〇円

〃 四三年度 一五万四〇六〇円

〃 四四年度 一八万四〇〇〇円

〃 四五年度 二三万九二〇〇円

なることは≪証拠省略≫により明らかである。

以上認定した本件賃貸借が成立したいきさつ、その後の賃料の値上げの経過、本件更地の時価、固定資産税等の増加率、なお土地の評価は、土地売却等の場合には課税されて現実に土地所有者が収得する価額でないことなどを考慮すれば、原告の昭和四〇年六月一八日の増額の意思表示による同日からの被告の負担すべき本件賃料は次の方式によって算出される額をもって相当と思料する。

右算式による賃料は一万三二四円である。

三、次に原告は本訴において被告に対し本件賃料を昭和四五年一月一日から一か月一一万四〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたからその適否について判断する。

原告の右意思表示は昭和四五年一二月一二日の口頭弁論にてなされたこと明らかであるところ、前段賃料増額について認定した各事実と≪証拠省略≫により成立を認められる本件土地の昭和四五年度の固定資産評価額は三二〇八万二九六六円になることを合せ考えると、右増額の意思表示による昭和四五年一二月一二日からの被告の負担すべき本件賃料は前記方式の内固定資産評価額を右昭和四五年度分のそれに置き換えて算出される額をもって相当とする。

その方式によって算出される賃料は一万四四三七円である。

四、原告は施設部分の譲渡に関する割賦弁済と優先賃借権は原告に有利な条件ではないと主張するが、≪証拠省略≫によれば当時の金融情勢と住宅不足状況からして原告主張のごとき7/10の経済的利益と認められ、又右割賦弁済が完済されたとするも本件賃貸借締結時に与えられた右経済的利益は建築費の年々の上昇と住宅の不足の十分に解消しない現在、一度獲得した経済的基盤が依然として経済力を存続していることが十分に推察することができるから右主張を受け容れられない。

又原告は本件賃貸借締結から一〇年後に被告からその所有の住吉ビルの住宅部分全部を譲渡を受ける旨の約定がなされていて、被告主張の地代算定方式はこの一〇年間のみと了解されていたと主張するが、右主張に嘔う≪証拠省略≫は措信せず他にこれを認めるに足る証拠がない。却って≪証拠省略≫によれば、原告主張の約定はなく、ただ一〇年後はその時の取極めの価額により原告は優先買受けの資格があることになっていることが認められる。

その他の原告の主張立証によるも、右認定の各賃料を左右するに足る事実は認め難い。

五、被告は原告の賃料増額の請求は被告と訴外会社に対し各負担部分を明示してなすべきで、被告のみに対する増額の請求はその効力がないと主張するが、そのように解しなければならない理由に乏しく、殊に原告と訴外会社とは経済的に一体とみられるから被告のみに対する賃料増額の請求は何ら妨げない。

被告は原告の昭和四〇年六月一八日の賃料増額請求は原告主張の従来の算定方式中「土地固定資産評価額」を「昭和三八年度の土地固定資産評価額に一・二倍した額」と代置して算定すべきであると主張し、≪証拠省略≫によれば被告はその各支所に対しそのごとく指示していることが認められ、又昭和三九年度から昭和四一年度までの固定資産税算出の基礎に関する地方税附則は被告主張の通りであるが、被告は公共的目的を有する特殊法人とは云え、その指示のごとく右算定方式にて賃貸人に対し賃料を律すべき理由は首肯し難い。

なお、被告は本件の利用効率3/10は修正されて0.273となったと主張するが、右修正した率を原告が承認した形跡は認められない。

六、そうとすれば原告の本訴請求は、被告が負担すべき本件賃料は(1)昭和四〇年六月一八日以降昭和四五年一二月一一日迄は一か月金一万〇三二四円、(2)昭和四五年一二月一二日以降は一か月金一万四四三七円であることの確認を求める限度においてこれを正当として認容し、爾余の請求は失当として棄却すべきである。

七、よって右判断と異なる原判決はこれを変更すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条に則って主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 横山義夫 裁判官廣瀬友信は退官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 西川力一)

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